暮らすことは生きること。

2018年本当に暑かった夏もお盆を過ぎ、朝夕は涼しさを感じる時間も。

お盆飲みすぎた身体で一昨日は業者さんの夏の懇親会(ビール園、飲まないはずがない(笑))

そしてそんな体で昨日は健康診断。。診断で素直にそのことを告げると

「中性脂肪と血糖値は前の日の食事が影響しますからねーー」と優しい笑顔の内心は(やる気ありますぅ~?)

的な。

だけども、身長、体重、腹囲、視力、血圧など全体的な数値は昨年よりも良く、

身長は2年連続で伸びており(意味不明)

視力は上がってました。

まさにブルーベリー効果(まったく食べてないけど)

まあそんな近況報告はいいとしまして

本当にすごい暑い時期が続いたので体力温存の為、二週間くらいランニングは控えてたんですが、今朝久しぶりに走りました。

6キロほどではありますが、

そんでもって走りながら色々考えていたのです。

そこで今日の思考を少し書いておきたいと思います。

良い家=高級な家 ではなく

良い家=安心して暮らせる家 なんだと

そしてそれは

悪い家とはつまり”安心して暮らせない家”なんだと

では安心って何だろう?って考えた時に、色んな事があることに気づきました。

僕が本気で良いと思うい草、つまり魂で作りあげられた畳表や縁なんかを用いた畳も安心に暮らすための一部で、

自然素材や住宅設備なんかもその一部ですよね。

また物的なものだけでなく、夫婦関係や親子関係など心の部分も大部分を締めています。。

そして最近の安心に欠かせないものは

外部環境の変化

地震、台風、豪雨、そして高温。。

四季の国とはいえ高温による死傷者が年々増えているのも、地震や豪雨被害でいまだに借住まい生活を余儀なくされている方が

いらっしゃるのもまぎれもなく事実です。

人を生かす経営という本に

「働いている人たちの人生の大部分は仕事に費やされているのだから、仕事に生きがいや喜びが全くなければ、

いったいどうしてその人たちの幸せはあるのだろうか?」

という節がある。

それ同様

生きている人たちの大部分は暮らしの中に生活があるのだから、家や家族関係に全く安心や喜びがなければ

いったいどうして幸せな人生があるだろうか?

と思ったんです。

暑さに対してエアコン、扇風機、そしてパッシブ設計

地震に対して耐震設計、シェルター設備

豪雨に対して立地や地盤などの提案から改良、

そして全体的には自然エネルギーの必要性など

新しい家だから安心なのではなく、

古いからダメなのでもない。

家って全く奥が深い。

たくさんの事柄、観点からたくさんの幸せに関われるような企業を作りたい。

そう、長くなりましたが、

そう思いながら、走った。

そしていままさに成長期というお話。

では良い日曜日を。

ほっこりしようぜ

おしまい

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