里山資本主義という本を読んでいます。
資本はマネーではなく、
里山だ。という本。
森林という資源を捨てるところなく利用する。
材木としてはもちろん、端材はペレットていうエネルギー源に再活用することで、
まず自社の電気料を全部まかない、売電し、なお端材を産業廃棄物として出さなくていいというマイナスからプラスへの転換でガッチリ。
資本は実は里山に落ちていたのです。
その地域では林業は古びた業種ではなく、最先端の事業となったのです。
という感じの本。
今月19日著者である藻谷さんの講演が聞けるからすごく楽しみです。
そう。何でもい草に置き換える僕ですから、
い草についてもそんな視点から考えてみた。
畳そのものがリサイクル資源の塊であるし、
地球や人に優しい。
芯材である稲わらは古くなったら分解してまた再利用できます。
どうしようもなくなっても、肥やしとなります。
い草は畳み表にならない短いものも、インテリアや香る草として使われますし、
短く切って、下駄箱やトイレの消臭にも役立ちます。
粉末にして食材にもなりますし。
縁は畳になるほか、バッグになったり蝶ネクタイになったり、お百姓さんは何かを結ぶ時にはヘリが一番強くて良い。と工房に訪ねてきます。
畳には色んな可能性がある。
畳でクールビズなんかも推奨出来ることから、間違いなく地球に優しい素材である。
ただ資本となり得るにはまだまだ色々知恵が必要だと思う。
専門的な表現になっちゃいますが、い草を1番草から5番草まで取り、
それに至らなかった分をインテリアに用いる香るい草にしたり、幅の狭い表にし、雑貨などに用いる。
そこまででもするとしないとでは違うと思う。
それプラス、人問題であったり、経費高騰の問題をどうするか?
価値を知り、視点を学び、情熱と行動力を最大限に使う。
「い草の未来は、日本の未来~未来を思うプロジェクト~」
的なことを勝手に発足し、勝手に考え続けてみることにします。
ブログ内で発表し、それに対していろんな意見が集まってくれれば幸いです。
畳。
今はまだ一見古びたように見える文化なのかもしれません。
しかし気づく人は気づいている。
畳は、日本に必要不可欠なモノであると。
生産者さんや畳屋は日本に必要不可欠なコトをなす存在であると。
ココロあるものをココロを込めて届けよう。
届け続けていこう。
その決意が未来につながっていくことを僕は信じています!!
ほっこりしようぜ
おしまい