”昔ながらの工法に畳の真髄が詰まっている”
祖父が畳屋を始めた1952年。畳屋といえば手縫いが当たり前で、施主さん宅の庭先に畳台を据え、切る、縫う、絞める、といった全ての工程を畳職人が行っていました。
もちろん今ほど、枚数をこなせることもなく、時に施主さんと話し込んだりもしばしばだったようです。
時は流れ、時代とともに効率化が言われるようになり、畳業界も機械化、ロボット化が進み、取り入れられるようになりました。
それに伴い庭先の作業はやめ、畳は自宅工場に持ち帰り、即日仕上げは当たり前になってきました。
素材の良し悪し、工程の意味、職人の思い。
全てが工場に持ち帰り、よくわからないまま畳として出来上がってくるのです。
そのことに僕はずっと違和感を感じてました。
「畳は工業製品ではないんです」
畳床、畳表、畳縁、すべての素材にそれぞれ生産者がいて、
日々、色んな思いの中で届けられる。
畳が出来るまでの作業としての効率で言えば確かに今の方が数段に早く、安いのかもしれません。
しかしそれは企業として利益を一に考えた意味においてでしかないように感じます。
このロボを設備し、効率的にやればこの単価でも利益が出せる。
畳って一体なんなのでしょうか?
早く安くは大切な企業努力だと思います。
しかしそれは全て畳を通じた思いが伝わってからのことだと思っています。
畳について、
素材のこと、職人の思い、一針の意味、
そんなことを深く知ることで、
日本に文化として根付いてきた”畳”というものの
真髄を見ることが出来ると確信しています。
僕自身がそうでしたから。
畳を知り好きになって頂くということにおいて最も効率的なのは、
素材のことや、技術の意味のことを共有して畳にしていく、作業的に可能ならばお施主さん自身にも縫って頂くことなんだと、2016年の古民家再生での畳作りにおいて強く感じました。
ワークショップという時間で、そんなことが出来るなら、
もっとその畳のある空間をより深い意味を持って好きになって頂くことが出来ると思い、
2017年1月ワークショップ始めました。
まだ気持ちのみで、どういう風にやっていくのか、決まったらお知らせします。
僕は日本においてこんなに意味のあるわくわくする
仕事を他に知らない。
ほっこりしようぜ
おしまい