はい。毎度おなじみ産地礼賛のあとの僕は使命感と、高揚感が半端なくみなぎっています。
突然ですが、畳って歴史的に古いです。
だけど、やはり根強い人気もあります。
新しい商品なんかも色々出てきます。
でも、ふと考えます。
畳の定義はなんだろう?って、
何をもって畳と呼ぶのだろうって。
ご存知の方はいるかもしれませんが、
畳は基本的に、芯材と畳表、畳縁を縫い合わせて出来ています。
芯材は藁。
畳表はい草。
畳縁は、麻や綿などを用いられてました。
芯材は今や、藁のシェア率はかなり低いです。
うちは藁床はないよって言う畳屋もいるくらいに。
最近ではちらほら国産い草もないって言う畳屋もいるから、もう辞めてしまえっ!って思ってます!
何を持って畳屋をやっているのでしょう?
畳は一商品に過ぎないのか?
そんな人こそ、まず産地に行ってもらいたい。
行ってもらいたくないような気もするけど(笑)
産地でどんな思いでい草を作り、表に織りあげているのか?
とことん話してもらいたい。
そして、アントニオ猪木に闘魂注入されてほしい。
僕の場合、い草を使うとか、使わないとかの前に、
心がこもっているか?を大事に商いをしたいと思っています。
工業表の性能を疑うわけではない。
立派なもんだと思っています。
だけど、どうしても、
工業表はあくまで開発商品なんです。
い草は自然在りきな商品。
人間の思いがいっぱい詰まっています。
苦労や悲しみ、悔し涙、
また喜びや感謝。
心がいっぱい詰まっているんです。
それを僕ら畳屋が、畳にしていく。
どうでしょう?
皆さんの大切な家の空間に、
あって欲しいのはどっちですか?
安けりゃ良いですか?
便利はもちろん大切、使い勝手も良い方がいい。
だけど、
もうそろそろ、良くないですか?
大切なものに気づいて行きましょう。
少年犯罪、強姦、殺人、アレルギー等、
便利さを求めすぎた反動ではないのかってニュースたくさんあります。
生きてることに感謝。
生きてることを喜んでくれる方がいることに感謝。
い草やお米、野菜
当たり前のように出来ていますが、
全くもって当たり前ではないです。
古き良き、新しき良き、
たくさんの良きを利便性の高い基準にしてはいけない。
そんな目で子供を見ちゃいけない。
時にはとことん向き合って、
泣いたり笑ったりしながら、
本当に大切なものを、見つけていきたい。
僕にとって一番大切なもの。
それは心があるかってこと。
叱るのも、褒めるのも、作るのも、伝えるのも。
全部心のコミュニケーションだと思うから。
だから僕はい草が大好きなんです。
心を込めて叫びます。
生産者さんに感謝します。
い草さいこーー
ほっこりしようぜ
おしまい