先日の日曜日、私がお稽古して頂いている茶道の社中(しゃちゅう)のお初釜に招いていただき、
参加してきました。
今年で4度目になるお初釜。毎回、初詣や1日詣りといったものとよく似た感覚に至ります。
お願い事をするわけでもなく、決意をするといったことでもないのですが、お軸やお道具の意味などを考えながらも、
お相手がいながらも、一番向き合うのは自分自身といった感覚。
心と体がスッーと交わっていく感覚。
このことをどう表現したら良いのかわかりませんが、五感を今に集中させるといった感じでしょうか?
とは言いつつも、森の中にただ一人でボッーとしているわけではないので、
有難いお食事を頂いたり、お茶を頂いたり、準備してくださったお道具や、風景に思いを馳せたりと
心の中はてんわやんわでございましたww。。
全然わかっていないくせに、なにやらわかったような口をきく僕も、茶道をやりたかった理由が3つあって、
皆さんにとってどうでも良いかと思いますが、そのことを改めて、ここに書き、決意新たに2024年の茶道のお稽古に邁進していきたいと思います!!
茶道始めようかな?という方の参考になれば幸いです。
茶道を始めた理由①
「所作を美しくしたい。」
僕の自分理念の原点は凡事徹底、自己研鑽です。
凡事は自己研鑽によってのみ高まり、そのことを徹底していくことが成長であると勝手に思っています。
スティーブジョブズと僕の当たり前は次元が違うと思うのです。
強豪校とそうでない学校の部活動は当たり前の次元が違います!
自己研鑽によって、凡事のレベルを高くし、それを徹底していく。
茶道の無理のない所作や、相手を重んじて当たり前の精神を無意識レベルでできるようになりたい。
それが茶道を始めた理由の1つ目です。
茶道を始めた理由②
畳を愛してくれる世界に身を置きたかった。
どんどん衰退していく畳業界。自然のものではなく、便利なものが正義とされて見える経済社会。
畳って本当に必要なのか?僕が感動したい草はただのマニアックなものなのか?
そんなことを考えたりもしましたし、今も考えないと言ったら嘘になります。
そんな中で、畳の目を目安にしたり、丁寧に畳を愛でてくださる茶道の世界が本当に救いになっています。
畳じゃなきゃ、自然のものでないと茶の世界観は表せないといってくださる茶道の先輩方の存在が、
本当に励みになるのです。
自信持って頑張っているつもりでしたが、不動産の間取りや、新築物件の間取りを見るたびに減っていく畳、
そしてい草を用いた畳。
時に気が滅入りそうになる中で、茶の湯の世界での畳の存在価値によし頑張ろうと思えるのです。
生産者さん、い草は最高ですよ!!!
茶道を始めた理由③
「利休にたずねよ」という小説を読んで千利休さんがめちゃくちゃかっこいいと思ったから。。
侘び寂びとか、趣(おもむき)とか、風情とか、上記にもあるように、利便性が正義とされる世界は、
人生から余白を奪っていったように思えてなりません。
トイレ、お風呂、寝る前、起きた後、さて主体的な自分ですか?
スマホ、スマホではないですか?
僕も意識しないと、情報をとりに行ってしまします。
この時間が勿体無いと何かを求め続けてしまいます。
雨の日は雨を楽しみ、寒い時は寒さを楽しむ。
そんな余裕がない人生は、きっと忙しい。
ありきたりな言葉ですが、忙しいという時は、心を亡くすと書きます。
心豊かな人生。本当に相手を思う言葉。
千利休さんがそうであったかはわかりませんが、少なくとも茶の湯で相手をおもてなす利休さんはそうでした。
そんな利休さんに憧れて僕は茶道を始めました。
たまに歌う歌もそんな思いです。
以上長くなりましたが、そんなことを胸に、2024年もい草を愛し、畳を愛し、自然に感謝しながら
楽しんでいきたいと思います!!!
どうぞよろしくお願いします!!!!
ほっこりしようぜ